2008年11月08日

政治に長けた新元老院

そして日本がソ連と戦闘を開始するまでの出来事として世界の情勢に大きく影響を与えたのがイタリアの政策だった。

エチオピア侵攻で方向転換を迫られたイタリアは、世界の動きを透視していた!
持たざる強国ドイツとの同盟である。


だがイタリアには戦争をする気などさらさら無かった!あれこれ言い訳をして、極力戦備の温存に努め、
且つ国のベクトルを農業興隆に向けた。
エチオピアで降伏した生き延びた兵は勿論、植民地を警備していた部隊の兵達も、
マンマの下に帰し農業の復興に務めたのである。

それを見た世界の覇者英国は、地中海と中東、アフリカ沿岸航路の安全を確実なものとする為、ドイツとの同盟とアフリカへの侵略的野心を理由にイタリアに宣戦布告、
互いの植民地が接する地域での戦端が開かれた!
ところがリビアを除く各地域には、
イタリア軍と呼べる兵力なぞ無く、ただ民間人が居るだけ。英国の侵略に対し反撃して来たのは、どこの地域でもその土地に住む民族の戦士だった!


Posted by 西川周平 at 09:20Comments(0)TrackBack(0)| |
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プロフィール
西川周平
中学でプラモデルの戦車や戦艦を使ったウォーゲームに興じ、高校になると六角形の升目(ヘックス)がデザインされた地形図のボード上でコマを闘わせ、しまいにはモデルガンやエアーガンで戦闘ごっこをするまでに戦争を研究した自分。 果たしてその努力が報われる時は来るのか?